意外にも…。
こじろうが逝って3日目。
「1週間は泣き暮らすだろうな…」と思っていましたが
意外にも前向きな気持ちです。
こじろうの最期について書き残したいと思います。
***
(写真はこじろう最後の一枚です。12月2日夜に撮りました。)
誕生日の夜から発作を起こして
3日目の12月2日の夜~3日の朝まで
私がこじろうの横に添い寝して、時々起きてこじろうの
の様子を見たり、体温を見てお布団を調節したりしてました。
逝ってしまう数分前に呼吸や体温を確認して
うとうとしていた時に「ふ」と呼吸が止まり、
慌てて起きて確認すると死んでしまっていました…。
前日に受けた血液検査で血中尿素値が通常の約3倍でした。
発作を抑える薬を増やしたせいかはわかりませんが、
腎臓はほとんど機能していなかったのでしょう。
(おしっこ、2日出てなかったもんね…)
こじろうが逝ってしまった時はもちろん、たくさん泣きました。
でも、同時にほっとしました。
こじろうはキツかっただろうと思います。
でも苦しみ抜いた果てに逝ってしまったわけではないから。
こじろうの亡骸はその日の夕方、母と私と高3の弟の3人で
糸島市にあるペットの葬祭場で荼毘に附すことになりました。
誕生日の夜に食べさせるつもりだった梨や
カラフルなお花をたくさん入れてあげました^^
そして千羽鶴……ではないのですが
小さい折り紙で折った40羽鶴と、
庭に咲いていた寒菊に結んだお手紙も入れました。
この手紙はこじろうへの感謝だけでなく
来年7回忌を迎える祖父への伝言も兼ねてます^^;
荼毘に附したあと、遺骨を骨壷に納めました。
葬祭場の方がお骨だけを取り出して
恐竜の化石のようにキレイに並べて下さっていて
説明を受けながら下から順に納めていきました。
薬漬けで変色していたり脆かったりするのかな…
と思っていましたが、
尻尾の先の骨までキレイに残っていて、
変色も脂肪や血液の色が少し付いただけでした。
「こんなにキレイに残っていることはあまりない」と
葬祭場の方がおっしゃっていました^^
こじちゃん、お肉よりお魚派だったし
食事はわりと気を付けていたので……。
骨壷に納めた後、本堂でお経をあげてもらいました。
……こじろう、連れて帰ろうかとも思いましたが、
小さなお骨だけいただいて、あとは合祀することにしました。
その方がお友達と一緒で寂しくないと思うし、
糸島は自然がいっぱいだし、
よくドライブに行くのでその都度お参りできますし^^
いつまでもお骨を持っていたら
安心して逝けないかもしれませんから…。
それにお骨を見る度に悲しくなるかもしれないし…。
今思えば、こじろうは日を選んで逝ってくれたのかな、
と思います。
「せめて誕生日までは…」という私たちの我儘も、
「苦しまずに誰かが傍にいる時に逝ってほしい」
という願いも叶うように。
それにもし1日早い木曜の朝だったら
みんな仕事や学校で家にいないから、
1日家にこじろう一人だけ残すことになってたはずです。
そうなったら私たちに
余計に気を遣わせると思ったのかもしれません。
だから私や母が休みの金曜を選んだのかな。
こじろうがキレイに逝ってくれたおかげで
私たちも穏やかでいられる。
最期まで気を遣わせてごめんね。
でもそのおかげで3日しか経ってないのに
こじろうとの思い出を笑って話せる。
本当にありがとうね、こじろう^^
ふと思い出して寂しさが込み上げるときもあるけど、
君のおかげで私たちは元気だよ!
おバカで、おマヌケで、食いしん坊で、
ちょっと薄情な甘えん坊さん!
また会える日まで、じいちゃんとピノコと待っててね^^
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